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子宮筋腫で手術した話

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人生初の大手術だったのでメモを残しておこうと思います。

 

人生初人間ドッグで病変判明

 2016年11月22日に二人で人生初の人間ドッグをうけたところ、12月に婦人科で病変の可能性ありとの検査結果が返ってきた。乳腺に影がみえるらしいこと、子宮頸がん検査に問題があるようだ、との2点だった。旦那さんは角膜に異常ありとのことだが、繁忙期のため2016年内に再検査することが出来なかったので、1月半ばにようやく再検査を受けに行った。といっても、人間ドッグを受けた病院での再検査ではなく、再検査可能な病院を紹介してもらう形だった。

 紹介状をもらってその足でそのまま東京医科大学病院に向かう。予約だけでもと思ったらそのまま診察してもらえることになった。旦那さんの角膜の異常については角膜に問題があったのだけれど、さすがの治癒力で「すでに治り始めているので様子をみましょう」と言われたとのことで問題なく一回の診察で終了。目は大事だから心からホッとした。

 婦人科と乳腺科、両方の再検査を受ける。乳腺はマンモグラフィのみをとっていたので超音波検査をしてもらう。後日検査結果にて、うつっていた影は問題なしだとの回答をもらう。これからも毎年気を付けていこうと心に決めた。婦人科で子宮頸がんの細胞検査とコルポ検診。ちょっと痛かった。とりあえずこの2点も後日検査結果にて問題なしと言われる。

問題は検査結果じゃなかった。

 経膣超音波検査しながらお医者さんが「人間ドッグでちゃんとみてもらった?」と突然言う。何事かと思ったら続けて「左の卵巣が大変なことになってるよ」と言われた。左の卵巣が8cmに肥大し、さらに子宮筋腫が大量にあるとの説明をうけ、私にしては相当なショックをうけつつ、手術の仮予約をその日のうちに入れた。

 この日の説明では、左卵巣が8cmの腫瘍。20個以上の子宮筋腫が大小さまざま子宮ですくすくと育っていたという内容だった。形がいびつではないから、おそらく良性だろうといわれるが不安はぬぐえない。なにより、毎月こつこつと卵を放出し続けた臓器の卵を一個も使うことなく病気にさせたうえ取り出さなくては卵管がねじれてひどいことになるとか破裂するかもしれないとかいわれ、自分の体に申し訳なくて帰宅してからさめざめと泣いた。これまでの生き方を反省するレベルでかなり気が動転した。

 旦那さんに励まされ、腎がんを摘出した母から「とって治るなら取ってしまえ」と力強い言葉をもらい、旦那さんのご両親からも摘出手術をうけた先輩として安心できる優しい言葉をたくさんもらってなんとか立ち直り、手術を受ける覚悟をきめた。

大学病院だから手術までが長かった。

 4月11日に入院し、4月12日に手術をうけることが決まってから、当日までの間にたくさんの検査を受ける。経膣超音波検査、血液検査、ガンガントンネルことMRIをこともあろうに風邪ひいて38度の熱を出している日に朝から夕方まで病院に缶詰しながら受けることになった。正直帰って寝たかったけど、これでまた予約取り直すのつらかったから、ほとんど病院のベンチで寝ながらなんとか検査を受けた。この日の出費がすさまじくて泣けた。MRI高いな!!MRIの画像をみながら、先生の言う左の卵巣が大きすぎてその裏側になにかあってもわからないレベルに改めて驚かされる。サイズが大きいことと、子宮筋腫が多すぎることから、腹腔鏡手術は難しいといわれたので、ミニラパで構わないと回答する。手術前検査で生まれて初めて肺活量をはかる。うまくできたことをほめられ、同年代よりいい結果にちょっと喜ぶ。

 職場に入院手術すること、一か月は休みをもらうことを伝えて快諾してもらった。いい職場だとしみじみと実感しつつ、自分しかやってなかった細々しい業務を引き継いておく。入院前の最後の診察の日に、婦人科セットを買って帰る。入院中必要なものをバッグにつめて当日を待つ。タオルと寝巻はすべてレンタルにし、旦那さんのご両親がすすめてくれて、旦那さんもOKをだしてくれたので、病室は二人部屋を選ばせてもらった。でもあれね、部屋代って高いよね!!旦那さんの職場に、限度額認定証を申請してもらった。退院までに取得が間に合ったので支払いは自己負担額だけですんだ。

入院から退院まで一週間。

 4月11日、ボストンバッグに荷物をつめて、かぴばらさんを一匹つれて入院。初日は何もすることがない。看護師さんに買っておくといいと教えてもらったので、事前に水のペットボトルを3本ほどかって冷蔵庫に入れておく。おなかにマーキングをしてもらって、お風呂に入っておへそを掃除する。同室の方が11日に手術をうけていたので、当日の夜がつらいのを目の当たりのする。同室の方は夜までお見舞いの人がいてくれて正直うらやましかった。羨ましかったのだ。なぜなら手術当日の夜どんなにのどが渇いても起き上がることは出来ず、身動きも禁止され、うがいさせてくださいといちいち看護師を呼ばなくてはならないからだ。ともあれ、私だったらその状態で隣でご飯食べられたらいやだなって思ったから、この日の晩御飯は食堂で食べ、この日の夜に出された薬でおなかの中身を全部だすため、翌朝お手洗いとお友達になる。

 4月12日、朝から何も食べられず、なにも飲めない。着圧ストッキングをはき手術着をきて、お見舞いにきてくれた家族に見送られながら手術に向かう。手術室までは徒歩。だって元気だもん。お医者さんや看護師さん、麻酔科医さんに挨拶し、手術台にのって手術部の説明を自分の口でしたら、麻酔をかけられたら終わるまで寝てるだけ。後々思ったのだけど、手術中って半分死んでるよね。

 3時間くらいの手術だったそうで、私が起きるまでの間に旦那さんと義父母はお医者さんから説明をうけたそうだ。卵巣腫瘍ってずっと言われてたけど、実は卵巣は無事で、腫瘍だったのは卵管で、8cmだったのも子宮筋腫で、25個くらい150g越えの量をとったらしい。MRIでもわからないくらい見事に子宮筋腫が卵巣を覆い隠してたらしい。卵管腫瘍と子宮筋腫は病理検査にかけられた。病理検査の結果がわかるのは退院後。

 手術後目を覚まして、全然でない声で旦那さんに「帰らないで」と頼んだのだけど、一時間ぐらいで帰ってしまったので、とても悲しかった。まあいても何もできないから帰ったほうがいいと思ったんだろう。この日は明け方まで何度も目を覚まし、忙しい看護師さんに申し訳なく思いながらもからっからの喉が辛すぎて何度もうがいをさせてもらった。

手術後一日目 水が飲めるぞ!!

 病院の起床は6時で、本来なら6時から起き上がったり水飲んだりできるはずだったんだけど、寝返りも打てず喉が渇いて背中が痛い中、7時過ぎまで放置されたのがこの日一番つらかったこと。この日一番うれしかったことは、水が飲めたこと。立てたらカテーテルとりますね、と言われたので、めちゃくちゃ頑張って立ってさっさととってもらってお手洗いへ向かう。お小水が出ること、おならが出ること、うまくいけば大きいほうも出ること、この3つがとても大事で、私はおならまでだったけれど経過は順調といわれる。お小水の時、腹筋が動く感じ?膀胱が動く感じ?が、とても強烈だったことに驚いた。この日から歩く。最初は病院の廊下を一周するくらいが限界だったが、内臓の癒着を防ぐためにも歩かなくてはならない。この日のごはんは重湯。全部液体だった。それでもちゃんと味があって、食べられることというより水分とれることがすごいうれしかった。ちなみにこの日から退院まで毎日シャワーはあびれた。お風呂は術後一か月ははいってはいけない。

手術後二日目 背中と腰が痛いぞ!!

 熱は下がらない、背中が痛い。傷の痛みは鎮痛剤でよくわからない。この日実家の両親と、東京在住のいとこと、旦那さんと義父母が全員見舞いにきてくれた。食べてるご飯は重湯だけど、入院中私の頑固な体重はちっとも変わらなかったことを白状しておこう。看護師さんには「病院食は栄養ちゃんと考えられてるからやせませんよ」と言っていた。ともあれ、みんなにお見舞いに来てもらって、退院まで頑張ろうと思う。この日にお通じも出て、体的にはとても順調といわれる。背中と腰が痛いからシップが欲しいと看護師さんに訴え、シップ持ってきてもらえるはずだったがこの日はシップはもらえなかった。腹帯を毎日交換しないといけないので、地下一階にある売店で洗剤を買ってきた。毎日洗濯をするから、下着のセットは2セットあれば足りたことが一番の誤算だった。

手術三日目 高熱が下がらないぞ!!

 38.9度の熱が下がらない。少しは歩いたけれど、熱が辛すぎて寝ているしかない日だった。風邪を引いたかもしれないと看護師さんに相談するが、氷枕と脇氷枕で熱を下げるしかないといわれる。氷枕をしてる間は36度まで熱がさがるが、氷枕がなくなると38度の熱に戻る。鎮痛剤が解熱剤だからこれ以上の薬は出せないのだろうと想像はつくのだが、説明をうけることはなかった。おなかの調子は順調である。

手術四日目 インフルエンザは陰性

 まだまだ熱が下がらないのでインフルエンザ検査をさえる。結果は陰性。結局やっぱり氷枕をもらうしかできることはない状態。37度くらいになるとふらふらと歩き始めて、38度になると寝る感じだった。背中と腰が痛いと再度訴え、やっとシップを処方してもらった。寝返りはこのあたりからおっかなびっくりできるようになってくる。姿勢としてはこう、ぎっくり腰してる時の寝方に似てる。おなかの調子は順調である。食べ物がだんだんと固形物に近づいてきた。熱のせいで明日退院できるかがあやしい。同室の方はこの日に退院していった。元気で順調に治っているといいなと思う。

手術五日目 この日に退院できた

 37.5度の熱がでたまま、やっと常食にもどったこの日に退院。退院日、キズにはられていたテープをはがされる。とにかく家に帰りたい。10時までに退出なのに、旦那さんが9時50分まで来てくれなかったことが悲しかったが、急いで走って転んだと聞いたのでちょっと許そうと思った。荷物をまとめてナースセンターに挨拶し、病院近くのおいしいごはんどころでご飯を食べて、この辺で私かなり力尽きかけている。家までたどり着ける気がしない。傷は痛いし、体は動かないし、体力落ちてるし、足上がらないし、荷物持てないし。電車にのって最寄り駅についた段階で顔は真っ青で、家の目の前のバス停でとまるバスにのったが席はお年寄りで満席。立っていることさえできずにバスの床にしゃがみこんで、排気ガスでダメージくらいつつなんとか最寄りバス停までたどりつく。お年寄りには申し訳ないと思うけれど、正直席譲ってほしいと本気で思った。バス停のベンチで一休みさせてもらって、その間に旦那さんが一度荷物を置きに帰宅する。杖代わりになる傘を持ってきてくれて、うちの旦那さんは本当にいい人だなぁとしみじみと思う。帰宅後はずっと寝ていた。帰宅してやっと熱が平熱に戻る。

退院後 傷の真ん中ひらいてない?

 この辺から日程はうろ覚え。傷口がかぱかぱする感じがとにかく気持ちが悪くて、しばらく腹帯をはずせなかった。とりあえず翌日は3000歩くらいあるいて力尽きる。二日目は5000歩くらい。家の近所を恐る恐る歩いて、帰ってきて、ちょっと家のことしてみるくらいしかできることがない。3日後くらいで、傷の真ん中あたりが膿んでいる。どうしたらいいか分からない。2日たっても膿んだままなら医者に連絡しようと思いつつ、薬局で滅菌ガーゼを買い、あてておいたら、その後2日くらいでなんとか膿んでいた部分がふさがった。

 退院して二週間はくしゃみが怖かった。くしゃみしても、笑っても、咳をしても、座ってもたっても痛い。でも寝てるわけにも行かないので歩く。一週間くらいで10000歩歩いてみたら、翌日傷口が痛い。ちくちく?じりじり?中が痛いのか外が痛いのかわからない。2日連続10000歩歩いたら出血したので慌ててその後2日は6000歩に戻す。そのあと10000歩歩いたら出血しなかったので、ちょっと早かったらしい。

一か月は自転車も風呂も買い物もNG でも家事はOK

 家事だけOKだされても、買い物できなきゃ何にもできなくね?

 楽天マートで生鮮食品を買い物したり、旦那さんの休みの日に一緒に買い物いってもらって荷物を持ってもらったり、なんとか一か月を過ごした。休み休みどうにかいつも作り置きしているサラダを作ったり、だし醤油を作ったりして、少しずつ普通の時間で寝て起きる生活に戻していく。

 2週間くらいでいつも通りの時間に起きて朝ごはんを作ることが辛くなくなる。晩御飯は旦那さんに協力をしてもらいながら、時々体調がすぐれないときは買ってきてもらったりした。術後は家族の協力がないと生活すること自体が大変だと思った。

術後3週間 病理検査を聞きに行く

 術後3週間、病理検査の結果を聞きに病院に行く。結果はすべて良性腫瘍。卵管の腫瘍については水がたまっていたとのことだった。仕事復帰はOKをもらうがどのみちあと一週間自転車にのれないので仕事復帰は一か月たたないと出来ないのだ。中の傷は術後二か月たたないと治らないらしい。先に言ってくれ!

 生理は前回から33日目にやっとくる。生理きて喜んだのって不思議な感じだった。早くくるとか2か月こないとかいろんな情報がとびかっていたので、やっぱりそのへんは人によって変わってくるんだろうと思う。ちなみに一週間かかってまだ終わってない感。手術前は2日目だけ多くてほかの日はあっさり終わるのが多かったけど、手術後は二日目から本格的にはじまって3日間くらいは本格的な出血が続いてる感じだった。

術後4週間 12000歩歩いたらまだ傷がちくちくする

 前のちくちくと同じ痛みなので、切られた腹筋が痛いのかもしれない。自転車にのってみたら、歩いた時と違う下腹部にかかる負担が大きいのが気になった。へそから下の腹筋あたりがとにかく怖い。不安である。砂利道なんてもってのほかだ。来週から出勤すると連絡しているが、できるだけゆっくり走ろうと思った。

 職場の上司に連絡し、18日から復帰すると伝えた。18日で動けなくなるなら19日は休んでもいいと言ってもらえてホッとする。とりあえず一か月間は出勤日数を控えめにしてもらえることになった。

 

手術から一か月たって

最初の一週間は病人アピールしないと外出できない。

まだうつ伏せは怖い。

重いものはできればあと一か月は持ちたくない。

自転車がちょっと怖い。

運動すると次の日傷口が痛い。

術後は家族の協力がないと生活がおぼつかない。

ウォーキングに目的地がないとだるい。

一か月たってお小水の時のおなかの収縮に慣れてきた。

寝る前のトイレ行く回数が減った。

なんだかんだで買い物はしてしまった。

職場の理解があって助かった。

術後の生理はちょっと遅れた。これが毎月じゃないと良いと思う。

 

 腫瘍が良性だったから、次は三か月後にもう一度医者にいったら通院は終わる予定。私は運よくいろいろと恵まれていたから、ゆっくりと休ませてもらえたけれど、それでも痛いものはいたいし、つらいときはつらい。傷口が痛むのがこれから減っていくことを期待しつつ、仕事復帰します。

 人間ドッグか婦人科検診はちゃんと受けないとだめだね!

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